伊東 秀一

06/03 替えてはみたものの

「替えて」はみた。しかし、しっくり来ない。
少し前まではちょうどいいと感じていたのだが。
そういう方々が相当数おられるのではなかろうか。
何を「替え」たか? 「衣」である。
            ◆
5月中は真夏並みの暑さが続いていた。
私も既に半袖シャツを1週間着てみた。ちょうどいい晴れ
6月になった。朝、新聞を取りに外へ出ると、寒い。
外を歩く時も、上着を羽織っている時間が長い気がする。
そんな状態がほぼ毎日続いている。
既に夏服に替わった近所の高校生K君とMちゃんは、
制服のシャツやブラウスの上に、ブルゾンやパーカーを羽織り、
首をすくめながら自転車で登校していく。
            ◆
けさ、上田市菅平の最低気温が氷点下を記録し、全国最低となった。
「6月の氷点下」は16年ぶりだという。
衣替えとはいえ、私たち社会人はまだ上着を持ち歩けるからいいが、
制服の上着なしの中高生は、さぞ不便な思いをしているだろう。
南洋上のエルニーニョが姿を消し、夏の天候見通しが怪しくなってきた。
寒くなるのか、暑くのか。はてさて・・・・・・。

06/02 2度目の夏、最後の夏

「雨風は凌げるんですがね、冬はけっこう底冷えするんです」
仮設住宅に暮らして1年半になろうとするTさんは、窓外の空を見上げた。
その表情には、半年前には見られなかった笑顔があった。
                ◆
白馬村飯森の仮設住宅。1年半前の神城断層地震で被災した人たちが今も暮らす。
いまだ帰る家のない人は、白馬村だけで16世帯49人にのぼる(5/20現在)。
仮設の入居期限は2年。今年の暮れにはここを離れなくてはならない。
Tさんは、最も被害が大きかった堀之内地区の住民。
地震の翌月に仮設に入りつつ、自力で我が家を再建しようと奔走してきた。
その自宅の棟上げが終わり、来月(7月)には入居できるという。
                ◆
地震1年にあたる去年11月に訪ねた折、Tさんの表情は沈んで見えた。
「家を建て直しても子供や孫が一緒に住んでくれるかどうか・・・・・・」
現地からの生中継で取材に答えて下さったTさんの声は、決して明るくはなかった。
だが話し合いの結果、再建なった新居には子供や孫も同居することになった。
最近は足腰も弱くなった高齢の母君も一緒だという。
晴れやかなTさんの笑顔だった。
                ◆
自宅再建が難しい住民のために、村は先月末、災害復興住宅を着工した。
村内4カ所に10棟18世帯分。11月末には完成の予定だ。
「どんな形であれ、住んでいた場所に戻れること。自宅でも復興住宅でもいい。
 ご近所がまた顔を合わせられる環境が戻ってくること。そこからしか
 “地域”は始まらないと思うんです」とTさんは口にした。
                ◆
堀之内周辺の田んぼには既に水が張られ、田植えも始まっていた。
あの地震から2度目の夏がそこまで来ている。そしてTさんたちにとっては、
仮設で暮らす最後の夏になる。

IMG_0630
【白馬村堀之内の水田にて/5月20日・伊東撮影】