木下 歌織

06/27 熊本地震のゲンバから ②阿蘇大橋編

熊本地震の最後の行方不明者、当時大学生だった大和晃さん。

1回目の地震で被災した友人に物資を運んだ帰りに、2回目の地震で阿蘇大橋の崩落に巻き込まれ亡くなられました。

長さ200メートルほどの阿蘇大橋。

(写真中央に本来橋が架かっている状態でした)

熊本県の報道関係者も、「まさか阿蘇大橋が崩落したなんて信じられない。」と

当時を振り返っていました。

今もまだ崖が不安定な状態で、遠隔操作で重機を動かし、無人で復旧作業を行っているということです。

 

阿蘇大橋の先には、東海大学農学部の学生寮などがありますが、

今は誰も住んでいません。

そのひっそりとした雰囲気は建物外観を見ただけでも感じられます。

 

 

ここから私事になりますが、

東日本大震災前日の3月10日は、私の21回目の誕生日でした。

母からは「誕生日くらい岩手に帰って少しゆっくりしたら?」と電話がありました。

しかし当時私は就職活動が難航していた時期で、両親に心配をかけたくなく、岩手に帰ることを断りました。

そして翌日の3.11。

家族とは5日間ほど連絡が取れず、毎日テレビやインターネットで安否情報を確認する日々でした。

(家族はみんな避難し全員無事でした。)

 

もし、あのとき岩手に帰っていたら・・・

そう思うと、今自分が生きていることが不思議に思えてきます。

 

大和さんも、もしあのとき、あと1分帰りがずれていたら・・・

自然災害には、そんな「もしあのとき」という思いがたくさんあります。

それは地震発生後も同じです。

 

もし、自宅に戻っていなければ津波に巻き込まれていなかったのに・・・

もし、あのとき防災グッズを用意しておけば・・・

もし、あのとき早く避難しておけば・・・

 

一瞬一瞬の判断や備えが生死の境目になってしまうときもあります。

今何ができるのか、そのことを考えていくしかありません。