生きて日本へ帰る 10代の満州逃避行

[放送日時] 8月27日(土)ごぜん9:30~
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松本市の元中学校校長、倉科武夫さん(85)が、ソ連軍の捕虜になった経験を小学生たちに語った。
日本が敗戦に向かっていた春、旧満州の首都新京の中学3年生120人が国境付近の農場作業に動員された。
二ヶ月の約束が延長され、突然の8月9日未明のソ連参戦に遭遇。
戦闘機の機銃掃射を受けながら飲まず食わずでの逃避行を続け、敗戦を知ったのは10日後。
兵隊でもないのに捕虜として二ヶ月近くも収容所に入れられる。
 
南佐久郡出身の神津よしさん(89)は1941年14歳で両親らと満州に渡りソ連国境の開拓団にいた。
逃げ惑うなかで父と姉弟らを失い、帰れなくなった。
中国人と結婚し29年を過ごした。
 
その時、満州では何が起こっていたのか?
なぜ少年たちは前線に送られたのか?
最強と言われた関東軍の作戦とは?
 
話を聞いた小学生たちは広島にも学び「平和」を考える。