伊東 秀一

10/04 小さな命に感謝

仏教でいう初七日(しょなのか)が、亡くなった日から7日後ではなく、
亡くなった日を1日目と数えた7日目、つまり他界の日から6日後だと知ったのは
いつの頃だったろうか。
きょうは極めて私的な話でお許し願いたい。
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その子猫を私が拾った時、大人の手のひらほどだったから生後間もなかったのだろう。
雌猫であった。我が家にはすでに雌犬が1匹いたが、その犬のお乳を飲んで猫は育った。
犬が散歩すれば後をついてきて道行く人に驚かれ、鳴き声は「ニャア」ではなく
短く「ウォン」と聞こえるようになった。自分を犬だと思っていたのかもしれない。
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我が家に息子が生まれ、初めて居間の布団に寝かせた時、その彼の両脇を守るように
犬と猫が布団の左右にシャンと座り込んだ姿を思い出す。弟ができた気分だったのか。
犬が他界してから、猫は息子にとって唯一のお姉さんだった。
高校の寮生活から時折帰省する息子の足元で、彼女はいつも静かに丸くなっていた。
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死ぬ3日ほど前から自力で歩けなくなり、最期は静かで穏やかだった。
息を引き取る前日、携帯電話越しに息子の声を聞くと、昏々と眠っていた猫が
一度だけ頭をあげ、ひと声泣いた。それが弟分への別れの挨拶だった。
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列車で4時間かけて帰省した息子は、火葬前夜、自分が火の番をすると言って、
亡骸のそばに布団を敷きキャンドルと線香を点し続けた。
空が白みはじめたころ、そっと様子を見に行くと、眠り込んだ18歳の息子と
24歳で逝った猫が静かに並んでいた。それは息子が番をするというより、
幼い息子を猫が見守ってくれていた18年前の風景と重なって見えた。
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守っているつもりが、気付かぬうちに守られている。
そんなことが実は多いのかもしれない。

家族を見守ってくれた小さな命に感謝。猫の初七日に寄せて。  


【2017年11月(22歳当時)撮影】