伊東 秀一

04/14 赤鬼が逝った春

「みんな見て見ぬふりしてるから世の中が悪い方に行っちゃうの」
「嫌われたってなんだって誰かが文句を言わなきゃ。
 だからボクはね、鬼になるって決めたんですよ。
 黒姫の赤鬼ね、ハハハ・・・・・・」

あの分厚く柔らかい笑い声が今も耳に残っている。
C.W.ニコルさん、享年79。
20年ほど前、彼が育てる森のドキュメンタリーを制作したのを
きっかけに、何度も森に足を運ぶようになった。
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新しい著書が出るたびに、いつも私の手元に1冊を贈って下さった。
エッセイであったり、小説であったり、時には絵本であったり。
大人向けの本も子供向けの本も、そのメッセージは常に一貫していた。


【ニコルさんから頂いた著書の一部】

1995年にニコルさんは日本国籍を取得し、日本人になった。
日本が大好きだから、日本人になれたことは自分の誇りだ。
来日後、よそ者の自分に日本人は本当によくしてくれた。
だから、育てた森は私からこの国への感謝・お返しなのだ、と言った。
              ✤
いつだったか、信濃町の森でインタビューした折、
“目指す理想の森は”、という話になった。
しばらく樹間を見上げていた視線をおろすと、静かに口を開いた。

「ボクが見たいと思っている森は、ボクや伊東さんは見られません。
 伊東さんの孫の世代が、たぶん見られるでしょう」

人の一生せいぜい80~90年。森の育つ時間は数百年。
時の悠久さと人間の小ささを、いつも教えてくれる人だった。
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黒姫に暮らして40年。ニコルさんが育てた「アファンの森」の春は遅い。
今年芽吹く新緑を、彼は少しでも見られただろうか。
「ニコルさんが見たいと言ってた森、あと何年後になりますかね?」
答えてはくれない赤鬼に、もう一度だけ訊いてみたい。