伊東 秀一

04/13 花、北上中!


【飯山城址公園から千曲川を望む/午後3時すぎ】

中継スタッフの一員として北信濃・飯山市へ。
長野市から車で1時間、北へ約40km。
満開のソメイヨシノに思わず嘆息した午後だった。
役得!

04/12 2万か所の不安

大分県中津市で起きた土砂崩れから一日が経った。
画面を通して見た現場映像に、これほどの巨大な岩石が
崩れ落ちたのかと思うと、言葉がない。
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このニュースを受けて、きょう長野市の住宅地に足を運んだ。
山の多い長野県は急斜面と宅地が隣接する場所が少なくない。
その大半が、土砂災害の「警戒地域」に指定を受けている。
中でも「住宅に被害が及ぶ可能性が大きい」とされる
「特別警戒地域」が県内に2万か所以上もあるという。
(大分の現場も同じ指定地域)


【裾花凝灰岩の斜面を撮影するFace取材班/長野市安茂里】

「あまり意識したことがないなあ」
「心配することはあるが、もう慣れっこになってる」
訪ね歩いた住民の多くが、こんなふうに話す。
でも中には、
「30年間この山沿いに住んでいて、何度か避難の呼びかけを受けた。
 でも避難先になってる場所が斜面の途中にあるんだからさ」
と、避難所の安全性への不安を口にする住民にも出会った。
            ✤
長野市内を流れる2つの河川、犀川と裾花川の流域を歩くと
白い地肌が剥き出しの斜面があちこちで目にとまる。
裾花凝灰岩と呼ばれる、火山灰が固まった地層だという。
脆く崩れやすいこの土地の上に、多くの生活がある。 
            ✤
遠い土地の天災は、決して他人事ではない。
そんな当たり前のことを今一度思い返さなくては。
自身を戒める思いを新たにした、きょうの現場だった。
 
 

04/11 春の濃淡

この春は思いがけず桜の花が散るのが早く、
ふと気付けばもう新緑が芽吹いている。
         ✤
おとといは松本市、きのうは東京都内と、
仕事で移動の多い週初めだった。
そんな中、嬉しいのは季節の移ろいが
場所ごとに違っているのに気付けること。


【信州大学松本キャンパス/9日昼すぎ】


【東京駅丸の内口/千代田区・10日夕刻】

松本と東京では、新緑の違いが際立っていた。
東京の方が少し色が濃く、比して松本は淡い。
念入りにまじまじと眺めてみたのだが、
天候や日差しの違いだけではなさそうだ。
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今しがた、そろそろ退社しようと思って窓の外を見たら、
春の雨。
これでまた新緑が濃くなるのだろう。
それはそうと、ありゃ、傘がない。
“春雨じゃ、濡れて参ろうか”ってのが戯曲にあったけど、
やだな、濡れて帰るの・・・・・・。

 

04/07 俄か(にわか)教師の新学期

今年はどんな学生たちが来るのかな?
毎年いまの時期が来ると、どこか楽しみにしている自分に気付く。
信州大学で私が受け持つ寄付講座の講義が来週から開講するのだ。
              ✤
テーマは「テレビのメディアリテラシー論」。
リテラシーとは「読み書き能力」を指す英語。
情報の裏側を「読み解き」、自ら「発信する=書く」能力の意味。
私自身、教壇に立ち始めて今年で10年目になる。

この講義を始めた当時、クラスの大学生の【7割はテレビを所有し】、
【2~3割は新聞を購読】していた。
ここ2年ほどで言えば【テレビを持たない学生が6割】、
仮にテレビがあってもほとんど見ない学生が大多数を占める。
ちなみに【新聞を購読する学生はほぼ1割】。これが実態。
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では彼ら彼女たちは何処からニュースを得て社会の動きを知るのか。
いわずもがな、スマホ、インターネットである。
テレビを見ない学生たちに向けてテレビ論あるいは
テレビの報道論を講じる難しさは、年々増していると言っていい。
さて、今年は何から話をしようか。
俄か(にわか)教師は、今年も頭を悩ませる春なのである。
  

04/06 窓灯り

「記念すべき1期生の6割が県内出身者、そして7割が女子学生という内訳です」
現場中継で私がこんな説明をしている時、ちょうど画面が捉えていたのは
大きな窓越しに元気に手を振る数人の学生さんのシルエットだった。
屋内でおそらくテレビを見ていてくれたのだろう。
中継カメラが窓辺を捉える度に、はじけるように手を振ってくれる。
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昨夜の「Face」は、寮生活が始まったばかりの長野県立大学
学生寮「象山寮(ぞうざんりょう)」寮庭から生中継でお伝えした。
5年前に閉校した小学校の跡地に建てられた学生寮は、
南北2棟の建物に計280人が生活する。


【長野県立大学「象山寮」/6日・長野市西後町】

市街地の児童数減少により姿を消した小学校。
私は当時、その最後の2年間を記録するドキュメンタリーに
携わる機会を得た。そんな縁もあってか、近くを通る度に
灯りひとつない真っ暗な校舎が無性に寂しく目に映った。
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何年も暗闇だったかつての校庭を、昨夜は寮棟から漏れる
黄色の窓灯りが柔らかく照らしていた。
子どもたちがいなくなった場所に、形こそ変わったけれど
また若い人たちの賑わいが戻ってきた。
時折聞こえる学生のざわめきと、夕闇に浮かぶ窓灯りが
不思議と温かった。