伊東 秀一

10/14 濁流の前で

空が白みかける頃、堤防決壊現場まで数百mの地点に着く。
前方の道路が水没して通れないため、車をUターンさせ、
脇道に入った途端、目の前の水田が海面のようになっていた。
波のような水の先端は明らかにこちらに近付いてくる。
取材現場で、久々に「怖い」と感じた瞬間だった。


【長野市豊野町/13日午前11時頃】


【濁流が流れ込む住宅街/13日午前7時】


【水没した電柱を高架橋上から/長野市赤沼】

「どれくらい(人数)の方が家に残っておられるか、
 正直わかりません。相当おられると思います」
とは現場の消防官の言葉。
             ✤
やがて目の前で救助活動が始まった。
孤立住宅から住民を引き上げるヘリコプターは「大阪府警」、
負傷者を乗せて走り出す救急車には「新潟市消防局」の文字が。
巨大台風で地元にも被災地を抱えながら、他県の被災者も支える。
互いに支え合いながら、それぞれが出来ることをしなくては。
濁流を前にして思ったことである。

10/11 “壁”には頼れない

雨風ともに過去最大級という台風19号が信州に近付いている。
これまで台風が接近するたびに、信州長野県は巨大な“壁”に何度も守られてきた。
標高3000m級の北アルプスをはじめとする山々である。
きっと今度も・・・・・・。そんな期待を持つ向きもおられるだろうが。
              

【天気:曇り。まだ無風。午後3時半の長野市若里1丁目】

きょうの気象解説、笠原久司・気象予報士によると、
「西から接近する台風なら南西や西寄りの風をアルプスが遮ってくれる。
 ただし今回は台風が東側。南北に連なる山並に対して北からの風が吹き込む」かたちになる。
 つまり、今度の19号は今までのように“巨大な壁”の効果は期待してはならない、らしい。
              ✤
長野県に最も近付くのは「あすの夕方から」との予想(午後3時・気象庁)。
出来る備えは、出来るだけ早いうちに。

10/09 おかんとラグビー

先日、実家に顔を出した折、母が目を輝かせて言った。
「ラグビー見てるのよ。素敵だわね、あれ!」
            ✤
母は1935(昭和10)年の生まれ。この夏84歳になった。
父が入院生活に入る前は、父に付き合って野球やバレーボール中継を
母もよく観戦していたが、自ら進んで球技を観るタイプではない。
その母が、である。

「あのゲーム、面白いわね。すっごく応援してるの」
「終わった後、互いに抱き合ったりユニフォームを交換するでしょ。
 あれがいいのよ。気持ちのいいスポーツよね」

テレビ中継でラグビーの複雑なルールや反則形態を
丁寧に解説するようになったこともあるだろう。
しかし、あの競技がもつ「ノーサイド=試合が終われば勝ち負けなし」
の精神が見る者の心を打つのだろうと私は思っている。
            ✤
ちなみにきょうもテレビ信州はラグビーW杯中継の日である。
★午後3:50~「スコットランド対ロシア」

このため、「ゆうがたGet!」はお休み。
「news every.」も短縮版。私の出番はほんのちょっとである。
おかん、ラグビー見てるか?

10/07 夏の名残に

「9月一杯どすから、あと少しでんな」
橋の上からスマホのレンズを向けていたら、
通りがかった地元の古老らしき男性が教えてくれた。


【京都・鴨川べり四条大橋西詰から撮影】

先日、神戸への出張帰りに立ち寄った京都の街は、
まだ暑さの真っ只中ながら夏仕舞いの気配があった。
夏の風物である納涼床(のうりょうどこ/のうりょうゆか)。
京の人たちは親しみをこめて「ゆか」と呼ぶ。
夜は灯りが点され賑やかなのだろうが、無人のそれを昼間見ると
何だかさびしさが漂って見える。
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10月に入り、今はもう床は姿を消しているのだろう。
久々に夏の写真を整理していたら、ふと目に留まった1枚。
夏の名残におひとつ。

 

10/04 小さな命に感謝

仏教でいう初七日(しょなのか)が、亡くなった日から7日後ではなく、
亡くなった日を1日目と数えた7日目、つまり他界の日から6日後だと知ったのは
いつの頃だったろうか。
きょうは極めて私的な話でお許し願いたい。
                  ✤
その子猫を私が拾った時、大人の手のひらほどだったから生後間もなかったのだろう。
雌猫であった。我が家にはすでに雌犬が1匹いたが、その犬のお乳を飲んで猫は育った。
犬が散歩すれば後をついてきて道行く人に驚かれ、鳴き声は「ニャア」ではなく
短く「ウォン」と聞こえるようになった。自分を犬だと思っていたのかもしれない。
                  ✤
我が家に息子が生まれ、初めて居間の布団に寝かせた時、その彼の両脇を守るように
犬と猫が布団の左右にシャンと座り込んだ姿を思い出す。弟ができた気分だったのか。
犬が他界してから、猫は息子にとって唯一のお姉さんだった。
高校の寮生活から時折帰省する息子の足元で、彼女はいつも静かに丸くなっていた。
                  ✤
死ぬ3日ほど前から自力で歩けなくなり、最期は静かで穏やかだった。
息を引き取る前日、携帯電話越しに息子の声を聞くと、昏々と眠っていた猫が
一度だけ頭をあげ、ひと声泣いた。それが弟分への別れの挨拶だった。
                  ✤
列車で4時間かけて帰省した息子は、火葬前夜、自分が火の番をすると言って、
亡骸のそばに布団を敷きキャンドルと線香を点し続けた。
空が白みはじめたころ、そっと様子を見に行くと、眠り込んだ18歳の息子と
24歳で逝った猫が静かに並んでいた。それは息子が番をするというより、
幼い息子を猫が見守ってくれていた18年前の風景と重なって見えた。
                  ✤
守っているつもりが、気付かぬうちに守られている。
そんなことが実は多いのかもしれない。

家族を見守ってくれた小さな命に感謝。猫の初七日に寄せて。  


【2017年11月(22歳当時)撮影】